1999年8月14日(土) 大阪〜浜松:曇り 浜松〜東京〜いわき〜仙台:雨または大雨

大阪朝5時発の草津行き普通列車で京都(5:44着)に行き、関西空港特急はるかが止まっている上には京都駅ビル、早朝かつ盆の為、駅には人は数少なく、京都から(6:13発長浜行き11両編成)米原へ、7:28発名古屋行きに乗り換え大垣(8:02着)へ、その途中で青春18キップを使っている思われる電車(東京発ムーンライトながらの人で満員となった普通電車)とすれ違った。大垣駅を降りて駅前を見たが何も無く近鉄養老線の駅だけがあった。その後、米原発7:43分の新快速が大垣8:18発だったのでそれに乗車し豊橋(9:36着)まで行った。 豊橋9:42発の電車に乗り換え浜松(10:17着)へ、電車が2両編成になり、ボートか競輪へギヤンブルに行く人が同時に乗ってきたので車内は満員状態だった。しかし、僕は強引に席に座った。浜松(10:20発)で電車を乗り換え、今度は3両編成だったので少しはゆっくり座れ、沼津(12時22分)に着いた。静岡を過ぎたぐらいから雨がパラパラ降ってきて、沼津(12時23発)からの東京行き(11両)に乗り継ぎ、熱海で快速アクティに乗り換えるために下車した。この時、車内では後続の快速が無いという車内放送は無く、ホームに降りた。ホームへ降りてドアが閉まる瞬間、ホームの放送より「快速は本日無い」と言っていた。 やもえず次の電車を待つと同時にホーム内でかけそば(250円)を食べ(愛想の悪いおばはん・・東京方面ホーム後方)、東京行きの電車を待ったが13:11発の臨時普通電車品川ゆき(15両)しかなく、後続車両が東京から来ていないと放送があったので、やもえず乗り、途中の川では露天か野宿の青いテントが中洲に残された状態で水嵩も高かった。その後、14:49分に品川の臨時ホームに到着し、山ノ手線にしようか京浜東北線のどちらが早いか考え、すぐに来た京浜東北線の快速で東京経由上野(15:10着)へ行った。 予定していた上野15:16発のいわき行き普通電車に乗りいわき駅に向かった。しかし、途中の水戸では(17:24頃)偕楽園(駅周辺)の道が水浸しでパトカーが出動し通行止めするぐらいの雨が降っていた。(自分のときは小雨)その後、いわきに向かうほど雨・雷とすごくなり湯本手前数百メートルで電車が止まり、5〜10分程で湯本駅へ到着(19:07)した。その後、泉⇔草野間で運転見合わせになり、21:15頃から保線区点検を約1時間かけて(2輪車を線路上に置きバイクの様に進んでいった・・初めて見ました。)22:30分に運転が再開された。(約2時間30分おくれ)この間、自分の運転士と話をし、いろいろと運転方法(Pシステム・SNシステム)等を教えて頂き、運転席にも入れて頂き(床はビトビト)写真も撮らせてもらいました。また、保線点検シーン(上記で述べた)も始めて見て別の意味で良い体験をしました。駅では、乗客が駅員にクレームを言う人もいましたが、私は諦めてり駅員とも友好的に会話をし、21:00には駅舎内のテレビをNHKニュースに替えてというリクエストもしました。(土曜日でニュースは無かった)駅前にはコンビニがあり、おにぎりとサンドウィッチ・お茶を買って車内で食べた。(まだ雨は降り続いている)また、この日の宿泊を予定していたホテル(原ノ町第一ホテル)にキャンセルの電話を掛けた。(好意的にキャンセルを受け入れてくださった) 仙台到着には、駅員4〜5人が謝罪し、迎えて次の乗り継ぎ等を一人一人聞いてくれたが、私は駅で始発を待つ事にした。(本来、青春18キップはこういうケースでも日をまたがっているので、次の日付がいるが仙台の場合これはなかった。私はどうでもいいが……)  仙台駅は広く、中央出口前に一人座り夜を明かした。(2:30〜5:15まで) (夜中でも仙台駅はうろちょろしている人が頻繁にいて、陰になっている場所では寝ている人も少しいた。2階が新幹線ホームのため売店への荷物・商品の搬送で人の行き来が多かった。)

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