2004年7月27日(火) 旭川〜留萌〜稚内〜浜頓別:曇り 朝6時前には宿泊の子供・大人ともに騒がしく、6時過ぎには起床した。朝食は7時だったため、7時に同部屋の人と食事を採った。子供は先に食堂前に来ていたが、我々が先にバイキングの食べ物をとり、席に着いた。数分後子供たちが食堂に入り騒がしい中朝食を採った。同部屋の人は昼前の汽車で稚内に行くと言われていた。私は8時3分の旭川駅前方面のバスを乗るため、7時50分には宿を出た。バスは8時前にバス停に来て時間調整をしてから出発した。8時15分過ぎに旭川駅前の1条7丁目で下車して信号向かいのマツダレンタカーに向かった。若い人が一人居たため狭い待合室で待ち自分の番を待った。8時30分に借りる予定だったが、手続きに少し時間(事前にユースパックと同時期にレンタカー予約を入れていたため、住所などの記入時間は省けた)はかかった。簡単な車の説明を聞き旭川市内から北竜町方面へ向かった。カーナビには北竜町の道の駅をセットしていたが、高速を乗るようなナビが働いた。しかし一般道で行く予定のため途中でナビを逆らい滝川方面に車を走らせた。途中からは昨日通ってきた道を逆に走り北竜町の道の駅に到着した。ここの裏にひまわり畑があると思ったが、遠くを見れば500メートル以上遠くに黄色い花畑が見えた。車を動かせ北竜町のひまわりの里に到着した。無料の貸し自転車があったが、時間が余り無かったため借りずにひまわり畑に向かっていった。その際町の人らしいおばちゃんが、ひまわり畑のパンフレットを持ってきてた。好意的に受取り写真を撮って約25分で次の目的地留萌へ向かった。留萌は黄金岬に行く予定だったが、いつしか山を登り留萌港が見える千望台に辿り着いた。景色を見た後に羽幌方面に向かった。これからは左に日本海が見え続け通称「オロロンライン」を走ることになる。ここは過去に稚内の高速バスや先日の羽幌へは通っていたがいずれも天気がいまいちで、今日も雲で遠くが見えずらい状態だった。カーナビでおびら・鰊番屋の道の駅をセットしていて昼前に到着したため、ここで昼食を採る事にした。ここの食堂は鰊が有名で入口には大きな水槽に鰊が泳いでいた。それを見ながら鰊定食(1200円)を食べた。焼き鰊と三平汁の鰊入りと御飯であったが、後で来た人と順番を抜かされ店員にクレームを言った。5分はさらに待ち持ってきた際や食事を終えて店を出る際に誤っていたが無視して次の目的地へ向かった。時間は12時30分のため今日の宿の浜頓別まではまだまだ距離があり、夕食を予約していたため17時30分に到着しなければいけなかった。オロロンラインを北上して左にうっすら天売・焼尻島が見えさらに北上した。通常稚内へ行くには稚咲内で内陸に入るが海沿いの道を選び稚内・ノシャップ岬に向けて走り続けた。途中には風力発電の風車が数十本並び、天気は曇っていたが、利尻島・鴛泊港横のペシ岬が見えた。その後ノシャップ岬からも5年ぶりに利尻富士がうっすらと見えた。時間は15時30分近くのため稚内市内を通過して宗谷岬に向かった。直接到着するのは惜しいから岬の前にある宗谷丘陵を経由して日本最北端地に到着した。自転車の大群も到着して歓声を挙げていた。僕はもう3度目のため早くオホーツク海を下って行くことにした。最北端のガソリンスタンドでガソリンを入れ、記念の証明と貝殻の記念品を貰い猿払公園に向かった。猿払公園では天然ほたてで有名な為、おみやげを買った。17時を過ぎ今日の宿・浜頓別YHには17時半を伝えていたが、17時40分になっていた。YHに着きペアレントは夕食を作っていたため食堂へ入りチェックインをした。今日の宿泊客は3人の親子連れとライダー2人と私の6人だけだった。18時過ぎに食事をとり、夕食後に受付でペアレントと話をしていると「今年の8月20日でYHを閉鎖する」と言われ、過去からの話(天北線廃止など)を聞き残念に思えてきた。 |